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よく使う単語の意味と使い方

自分用メモ

感想などをお書きください。

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koni, scii

koni と scii は「体験」か「知識」かという質的な違いとのことである。

koni は常に “koni ~n” という形で用いられる。

参照:
http://www.damp.tottori-u.ac.jp/~ooshida/esp/sakubun/noto0003_scii.html
http://plaza.harmonix.ne.jp/~sakat/72sakubun.htm

komenci, fini, cxesi, pauxzi, halti, dauxri

物事や動作の開始、終了、中断、継続などに関わる用語だが、使い方が結構むずかしかったりするようだ。

komenci, fini は他動詞で、何を始めたり終えたりするのかは komenci 〜n, fini〜n、 動作などの場合 komenci 〜adon, fini〜adon または komenci 〜i, fini〜i で表現できるようだ。

cxesi は自動詞で、「〜が止む」「〜の状態が続かなくなる」という意味を表し、主語には行為・動き・現象を表す名詞が来る。

cxesi 〜i の形で行為を止めることを表すこともある。PIVに

という例文が載っている。この場合の主語は行為などを表す名詞ではなく、不定詞の意味上の主語になるはずである。

https://inme.at.webry.info/200712/article_1.html

pauxzi も自動詞だが pauxzi 〜i という例文は PIVでもTekstaroでも見つからない。

halti は cxesi と区別しにくいが、移動・動きに関してのみ使うようだ。cxesi と同じくこれも自動詞だが halti 〜i という表現は見つからない。

daŭri は「続く」という意味の自動詞で行為・動き・現象などを表す名詞を主語にする。daŭri も halti と同じで、ĉesi と違って行為者を主語にして daŭras paroli(話を続ける)というようには使わない。daŭrigi は伝統的に daŭrigi 〜i という形では使われず、daurigi 〜adon を使う。だがPMEGには論理的には使っても間違いではないと書いてある。

Tradicie oni hezitas uzi daŭrigi + I-verbon. Tiu hezito estas senbaza. Daŭrigi iri = igi iradon daŭri. Komparu kun komenci iri = igi iradon komenciĝi. Se komenci povas esti uzata kun I-verba objekto, tiam ankaŭ daŭrigi povas esti tiel uzata.

伝統的に daŭrigi + 〜i (という表現)は躊躇される。しかしこれには根拠はない。Daŭrigi iri = igi iradon daŭri.である。komenci iri = igi iradon komenciĝi. と比較されたい。もしkomenci + 〜i を使うことができるなら、daŭrigi + 〜i も使えるはずである。

とにかく関連する意味の動詞が、自動詞だったり他動詞だったり不定詞句が使えたり使えなかったりで、エスペラントも結構むずかしいワ。

sama, malsama, simila, alia

sama の後には 接続詞 kiel がくる、前置詞ではない。sama al 〜, sama kun 〜 などという言い方はしない。

形容詞 sama の前には,原則として冠詞 la か tiu, tia など何らかの限定詞が付く。sama が叙述語(主語の補語)であっても la が付けられるようだ。

副詞の same も冠詞ではないが tiel を付けて tiel same と表現するのが形式的には正しいのかもしれないが tiel はしばしば省略される。

sama は最上級の plej と同じで、特定のものを指し示す。そのため何らかの限定詞を伴うのが原則である。ただし副詞つまり方法や様態を固定的に限定することはできないこともあるので必ずしも tiel が必要というわけではない、という意味か。

malsama には ol を使う。

https://blog.goo.ne.jp/esperakira/e/56bb7dee9d02bdad6bf4f22c6a003731

simila は simila al 〜, simila je 〜のように使われるようである。

alia は alia 〜 ol のように使われるようである。alia を否定文で使うときは ol または krom を使うが、krom では必ず主格をとるとのこと。(なにげに?)

...ne scias alian lingvon krom sia propra (ol sian propran).

ol と krom で格の違いが生じるのは、前者は接続詞で、後者は前置詞だからであろう。

2020/01 追記:最近は前置詞 krom の目的語にも対格を使う人もいるのが実状のようである。つまり krom は接続詞としてもに使われるようになって来たということのようだ。anstataŭ も前置詞だがその目的語に対格が使われることもある。これも接続詞として使われるからであろう。ちなみに ĉirkaŭ, de, ĝis, inter, sub, super, po の目的語にも対格が使われる実状がある。これらは本来副詞として使われるようになって来たということなのであろう。

pli ol, alia ol, antaux ol, malantaux ol

ol はなんだか前置詞のようだが実は接続詞で(難しい)、通常比較級に pli 〜 ol 〜 の形で使うことが多い。 しかし、alia 〜 ol 〜, antaux 〜 ol 〜, malantaux 〜 ol 〜 のような場合も使う。

参照:
http://www.damp.tottori-u.ac.jp/~ooshida/esp/sakubun/sakubun-0010.html

-ebl-, -ind-, -end-(接尾辞)

ebl(〜できる、〜することが可能な)ind(〜すべき、〜する値打ちがある)end(必ず〜すべき、〜しなければならない)などは受身的な意味を持つので、他動詞の接尾語にはなっても自動詞の接尾語にはならないそうである。参照

  1. legebla libro(読むことができる), leginda libro(読む価値のある), legenda libro(必読の)
  2. La libro estas legebla(leginda; legenda). その本は読むことができる(価値がある; 必読だ)

これらは、すべて legi la libron の関係を表すもので、A estas legebla(leginda, legenda) の主語(A)は能動態で表した時の目的語が来る(La libro)。

-iv-(接尾辞)

可能を表す接尾時の -eble が受け身的に使われるのに対して -iv- は能動的に「〜できる」「能力のある」という意味で使うことのできる接尾語である。公式の接尾辞ではないが、学術用語などでは実際に使われているそうである。

produkti 生産する → produktiva 生産的な
senti 感じる → sentiva 感度のよい
krei 創造する → kreiva 創造的な

などは辞書にも載っている。しかし接尾語としては知らない人もいるので -em や pova を使うことが勧められている。

https://bertilow.com/pmeg/vortfarado/neoficialaj_afiksoj/sufiksoj/iv.html

per, pere de

per は手段、方法を表す前置詞だが、pere de という言い方もある。ただし微妙に意味が違うようだ。

PMEGには、pere = “nerekte, uzante interan rimedon(直接ではなく、仲介の手段を使って)”とあり、

Ni interparolis pere de interpretisto.

という例文が載っている。参照

de 〜によって、〜から

エスペラントで mia amata cxevaleto というと十八番(オハコ)という意味になる。直訳すると私の愛する仔馬ということになるが、文法的には、馬は私に愛されているのだから、「私に愛されている馬」を表したものだ。

私は碁が趣味なのだが、ふと「自分が取った石」と「自分の取られた石」をどう区別して表現するのか分からなくなった。どちらも miaj rabitaj sxtonoj とか sxtonoj rabitaj de mi と言えそうだからだ。前者で意味を区別するのはむずかしそうだし、後者でも de は行為者の意味にもなるし、「〜から」の意味にもなるので区別できない。

そこで lernuのフォーラムで質問したところ

自分が取った石:sxtonoj rabitaj fare de mi
自分の取られた石:sxtonoj rabitaj disde mi

という教示をいただいた。「なるほどな〜」と感心したものだ。

ただ、disde はちょっと分散するニュアンスがあるので、for de mi ではどうか?などと考えてみたが PIV ではそのような例文が見つからなかった。

ちなみにこういう紛らわしことが起きるので fare de を far という前置詞に変えてしまえばいいじゃないかという考えもあるらしいが、16条の文法の6条に抵触するので(la prepozicio ĉe la pasivo estas de)、公認されてはいないようだ。

ところで、lernuフォーラムの質問コーナーはなかなかよい感じだ。フォーラム参加者同士で解決がつかない場合は、管理人っぽい立場の人が顔を出して助言しているようでもある。初心者でもエスペラントで質問しなけばならないので(日本語を指定することもできるが、日本語話者の人はあまり参加してない)、やや敷居が高い感じだが、少し分かって来ると質疑応答を読むこと自体が勉強になる。

informi, sciigi

2017/02

2つとも他動詞で「知らせる」と訳すことができる言葉だが、使い方は違うらしい。

informiは、

Bonvolu informi al mi la venontan kongreson.

とは言えず、

Bonvolu informi min pri la venonta kongreso.

となる。

sciigiは、

Mi devas sciigi vin pri malbona novaĵo.
Mi devas sciigi al vi malbonan novaĵon.

と、どちらの表現もできる。

動詞によって目的語が異なる「型」があるので注意が必要だそうである。上の例は、エスペラント日本語辞典を編纂された後藤斉氏が、このように「動詞型」を理解しやすいことを意図して編纂したといった内容を La Revuo Orientaに寄稿された文章に書いてある。

つまりこの辞書は動詞型を明確化する意味で、解説に ≪iun≫ のように使うとか ≪iun + pri io≫ あるいは ≪ion+al iu, iun + pri io≫ のように使うと明記してあるのが特徴だとのことである。

例えば他にも regali「おごる、ふるまう」は ≪iun + per io≫ の型を取るとか、senigi「なくす、奪う」は ≪iun(A) + je io(B)≫ Aから〜Bを奪うという形をとるといった具合である。

良い辞書そうで欲しいな〜と思うが、6000円は私にはチト高い。確か、この辞書の中から必須動詞を100個選んだ小辞典があったと思う。これぐらいは買わないとだめかな〜。

参照ページ:
https://www.sal.tohoku.ac.jp/~gothit/ro0805.html

他にも意外な使い方をするものを今後ここにメモしていこう。

regali は 「おごる」「ふるまう」の意味で、regali iun per vespermanĝo のように使う。regali vespermanĝon al iu ではない。

provizi は貯蔵するという意味だが、「ワインを地下室に保存する」は provizi kelon je vinoj で provizi vinon en kelo とは言わない。provizi は 何かをそこに置いて(加えて・入れて)仕上げるといった意味でもあり、fenestrojn per vitroj (窓にガラスをはめる)というような使い方もする。

tusxi は日本語では普通「〜に触れる」という表現をするので「〜に」に相当する前置詞が必要なように思われるが、対格を使う。tusxi la arbon per manoj

scii, kompreni

scii は「知っている」という状態を表す動詞で(線動詞)、「知る」と言う意味を表すときは ekscii や sciiĝi としなければならない。kompreni は「理解している」「分かっている」という意味を表すが(線動詞 )、「理解する」という意味も表す(点動詞 )。注意しなけらばならないことだが、kompreniĝi だと「理解されるようになる」という意味になるらしい(reta vortaro)。

参照ページ:
http://plaza.harmonix.ne.jp/~sakat/62sakubun.htm

temi

無主語文としても使われる特殊な動詞。

主語を伴うこともあるが自動詞なので、temi pri 〜 と前置詞を使うし、話題にして話す人が主語になるということなく、話題にされているものを主語にするようだ。つまり、Mia prelego temis pri Zamenhof とは言うが、Mi temis pri Zamenhof en la prelego. とは言えそうにない。

参照ページ:
http://bertilow.com/pmeg/gramatiko/verboj_frazroloj/sensubjektaj.html

sed, tamen, kvankam, malgraŭ

「〜だけれども」「しかしながら」「〜にもかかわらず」といった似た意味だが微妙な違いはあまり理解できていない。一応品詞の違いを確認。

sed : 接続詞
tamen : 副詞
kvankam : 接続詞
malgraŭ : 前置詞 malgraŭ (tio) ke = kvankam

tamen は普通 “〜, sed tamen” とか 〜, “kaj tamen” のように使われるが、実際には sed や kaj 無しもで使われる。そうすると tamen は接続詞的にも使われるということになるのか。

preferi

preferi は比較対象と較べてより好意をもつことを意味するようだ(AよりBを好む )。Reta vortaro に "Doni favoron al io sekve de komparo kun io alia." とある。しかし単に好みだけではなく、いろんな意味で「優先して選ぶ」というニュアンスもあるようだ。比較対象には前置詞 al または 接続詞 ol を使うが、al は対象が名詞や代名詞に限られる。ol は不定詞などあらゆる表現に使えるとある。基本的に前置詞と接続詞の違いからくるのだろう。

Mi preferas kafon al teo. (前置詞の後なので主格?)
Mi preferas kafon ol teon.(接続詞なので対格?)
... preferi morti ol senhonoriĝi

比較対象が1つのことに限られないような場合などは、al や ol 以下の語句や節が省かれることもあるようだ。

La viroj preferas la blondulinojn.

上に挙げた例文のように preferi は、ol と al の二つの前置詞が使われる。

  1. preferi A ol B
  2. preferi A al B

1. はすぐに納得のいく表現だが、2. はなぜそう言う表現になるのか不思議だったが、preferi はラテン語で「〜の前に(pre)」「運ぶ ferr」から来ているらしい。前に運んで置く、つまり「優先する」と言った意味があるのかもしれない。メモするのを忘れたが、誰かが preferi A al B は 避けるべきだと言っていたように思う。

kofro, valizo

valizo は小さな kofro とPIVにある。kofro は Granda ŝlosebla kesto el ligno, ledo, metalo k.a., destinita enteni vestojn k aliajn aĵojn とあり, トランク、手提げ、旅行カバンで鍵つきのものということになる。valizo はMalgranda, manportebla kofro, kiu malfermiĝas en du partojn 手で持ち運びできる小さな kofro で2つの部分に開いて分けられる、とある。

こういうのは(ヨーロッパの?)それぞれの入れ物の名前を比較的そのままエスペラントに導入したのであろう。もっと細かい名前のついた入れ物があるのだろう。

右と左でさえ mal を付けて覚えなければならない単語を厳選して学習を容易にしたのに、こんなものがいちいち名前が違うんじゃ覚えきれない。

なかなか、おもしろい言い換え案があったのでメモメモ。

使用目的によって

旅行鞄=vojaĝ-valizo
お仕事用書類バッグ=oficist-valizo?

持ち方によって
ショルダーバッグ=ŝultr-valizo 
手提げバッグ=man-valizo
リュックサック=dors-valizo
ウエストポーチ=koks-valizo

素材によって
紙製=paper-valizo
かご素材=korb-valizo

などなど。ただし、基本単語が valizo がふさわしいのかどうかは私としてはよく分からない。sako と kesto ぐらいの区別は必要ではないか?。

良く使うモノの名前などは、できるだけ初心者でも分かるように、こういった平易な単語で言い換えができるように普段から気を付けておくべきだと知らされた。

priaŭdi

エスペラント的で、なんともスーッと入ってくる造語で気に入った。

Mi tiun ĉi neniam antaŭe priaŭdis, ĉu vi povas montri ekzemplon kara?
これ(この言葉/表現)を私は今まで聞いたことがありません。例を示してもらえますか?

pri を接頭辞とした合成語には、他にも oni .... priĵetis lin per ŝtonoj(Reĝoj 1, ĉapitro 21) 彼に石を投げつけた、という言い方もあるようだ。実際に石を投げつけたのかもしれないが、具体的な行為よりも排除するとか批難するとかという抽象的ニュアンスが強いのであろう。

senti, imagi

知覚に関する動詞を使って例えば Mi vidas la monton fumi. 山から煙が出ているのが見える。つまり 知覚動詞 + 目的語 + 不定詞 の言い方がある。ただ、いんみ〜さんの解説に、vidi, aŭdi はよいのだが、

feel ~が~するのを感じる -
英語の feel と違って、senti には senti -n -i という構文はない。
あえて表現したいときは分詞形容詞を使う。

とあった。本当にそうかどうか?論理的には可能なような気がした。そこで lernu.net の konsultejo で Mi sentis la koron bati rapide. という表現は間違ってないか質問してみた。すると、上級者から、ĝustas であるとの解答をいただいた。ちょっとスッキリした気分。

(追記)Sten Johansson という人の小説 Frotvundo に ŝi eksaltis kaj sentis la koron bategi. というくだりがあるのを見つけた。この人の著作では他の sentis 〜i の表現もあった。

imagi は vidi、aŭdi、senti などの知覚動詞に近い意味を持つので、imagi 〜on 〜i という言い方があるようである。例文が見つからないのだが、一応メモしておくことにする。

Mi imgas lin forlasi min iam.
なんて言い方があるのだろうか?

移動を表す動詞 + 不定詞

Ŝi iris aĉeti veston al la urbo.
彼女は服を買いに街に行った。

のように 移動を表す動詞 + 不定詞 では、por という前置詞を使わないで移動の目的を表現する言い方がある。ただ、英語から入るエスペラントの入門講座には、

Mi venis c^i tien por vidi vin.(I came here to see you.)
のように, 移動を示す動詞の後に修飾語句が入ると, por -i の形が使われます。

という注意書きがある。ほんとうにそうなのか?こんな細かことを覚えておかなければいけないとは難儀だなと思っていた。そうしたところ Ekazercaro§17 で次のような例文を見つけた。

Vi devas nur iri al la fonto ĉerpi akvon...
あなたは泉に水を汲みにいけばいいのよ...

エスペラントの語順は比較的自由だが、修飾する語と修飾される語、説明する語と説明される語などを離して書くと意味が汲み取りにくいので、気を配らねばならない場面も出てくると思う。そのため移動を表す動詞 + 不定詞 の間に何らかの語句が入ったときなどは por を付けた方が意味がはっきりする....という程度のことかなと思った。厳格にそうしなければならないというほどのものでもなさそうに思われるがどうだろう?

ambaŭ

ambaŭ は辞書によっては本来副詞とされていることがあるが、実は difinilo (決定詞(語)、限定詞(語))と呼ばれ、 "ĉiuj du", "la du kune kiel tutaĵo" に置き換えることができるようである。他の difinilo として PMEG には冠詞 la、-a や -u -es で終わる指示詞・相関詞、所有代名詞、ambaŭ、unu があるとされている。

ちなみに通常 la と、こういった difinilo を重ねる言い方はしない、例えば la ambaŭ、la mia dorso などとは言わない。

話が ambaŭ からちょっと離れるが、いんみーさんの冠詞の説明ページにも上記の事柄について解説がある

人称代名詞の所有形(mia 等)、指示詞(tiu 等)、ambau^ と共に冠詞を使うことはできません。
× la mia libro

しかし、Fundamenta Gramatiko のフランス語版、エスペラント翻訳版の代名詞の所有格の例として、la viaj が挙げてある。これは viaj が指示する名詞が省略されているからであろう。

追記:

la ambaŭ とは言わないと書いたが、実は tekstaro でこの表現はかなりヒットする。これはザメンホフが ambaŭ を単に「2つの」という意味でも使っていたからだそうである。

-uj, -ing

どちらも「入れ物」を表す接尾語だが、少し違いがあるようだ。"Lingvaj Respondoj" には次のように書かれている。

S-ro Fruictier klarigis al mi, ke, laŭ D-ro Zamenhof, ujo estas vazo aŭ kesto aŭ io simila, kiu entenas la tuton, kaj ingo entenas nur parton.
Fruictier 氏は、Zamenhof 博士によると ujo は容器・箱あるいはそれに似たもので、全体を中に入れて保持するものであり、ingo は部分のみ入れて保持するものであると説明した。

全体が納まってしまうものと、一部のみを覆う・差し込むなどの方法で納めるものの違いのようだ。

senigi, plenigi, provizi, kredi, demandi

前にも出てきた「動詞型」に関係するのだろうが、日本語の「〜を」と「〜に」という表現が入れ替わったり、別の言い方をする動詞がある。他にもいろいろありそうだが、読書量が圧倒的に少ないので今のところこれぐらいしか知らない。教えていただけると嬉しいな

dank' al

これは 慣用的に使われている danke al を短縮した言い方だが、kontraŭfundamenta な記法だと思う。しかしなぜかこのことはあまり指摘されないようだ。たとえザメンホフが多用していた事実があったとしても、これを大ぴらに使うのは止めた方がよいという考えがあってもいいと思うのだがどうだろう。

ne devi

否定文がらみで、注意すること。

devi は「〜しなければならない」という意味なので、否定形の ne devi は「〜しなければならないということはない」つまり「〜しなくてもよい」という意味になるはずだが、 ザメンホフは devi ne と ne devi をどちらも「〜してはならない」の意味で使っているとのことである 。 [参照1][参照2]

Fundamento には 'ne devi' 'devi ne' ともに1回づつ使われている。

あるサイトではこれはエスペラントの例外事項と説明されている。しかし「〜しなくてもよい」はほぼ「〜する必要はない」「〜することができる」と置き換えて表現することができるので、ne bezonas、rajtas、permesate 〜i などで代替的な表現ができそうなので、こちらを使おうかと思っている。何も混乱を招くような表現が例外事項だからという理由で使われるのはあまり好ましいことではないと思う。

devus, povus, volus

仮定法の語尾 -us は反実法とも言われるぐらいだから、devus, povus, volus は下の意味で使う方が本来のように思われる。

-us は 丁寧・マイルドな表現のときにも使われるので、したのようなニュアンスでも使われる。

ĉiu, ĉiuj, iu ajn, ĉiu ajn

[未稿]

ĝis

ĝis は接続詞でもあるので、「〜が〜するまで」「〜が〜するまでに」という意味を表す時、ĝis kiam とすると冗長になる。

しかし疑問文では疑問詞が必要なので、ĝis kiam と表現する必要がある。

ĝis は「〜まで」の意味でも使えるし「〜までに」の意味でも使える。これは一見前置詞の意味にあいまいさがあるのではないかと思わせるのだが、実は明確であって誤解を生じさせることはない。つまり実は ĝis を使う場面の動詞によって意味が代わるにすぎない。[未稿]

ankoraŭ, nur

ankoraŭ は日本語の「まだ〜」と訳せることも多いので、「まだ5時なので外は明るい」「まだ2ヶ月しか勉強していない」というように時間や期間について言うときも、つい ankoraŭ を使ってしまいそうだ。この場合は、nur を使うのが正しいそうである。

ankoraŭ は、時間との関係では 「~の状態が続いている」というのときの「まだ〜」にしか使えない。[参照]今の状態が今後も続く場合は plu を使う。

ちなみに、nur には「やっと」という意味もある。

ankaŭ ne, nek

“Mi ne bone dormis, kaj vi?”と尋ねられたとき、日本人は、

と答えそうである。これでも間違いではないのだろうが、否定形で「私もまた〜でない」というときは nek を使う方が自然な(てっとり早い)ようである。

igi, devigi, (al)trudi

「A が B に C をさせる」というような使役では、下のような表現が可能なようだ。

  1. La patro ludigas al ŝi pianon.
  2. La patro igas ŝin ludi pianon.

下のような表現もできそうだが、このような言い方はないようだ。

  1. *La patro (dev)igas al ŝi ludi pianon.*

つまり、接尾辞として -ig を使うときは行為の内容がそのまま直接目的語になり、動詞として igi を使うときや devigi は必ず人が目的語になるようだ。trudi や altrudi は (al)trudi al iu 〜 の形もあるようだ。これは以前出てきた動詞の型とも通じるので覚えるより仕方ないようだ。(Tekstaro で見つからなっただけなので、可能かもしれない)

peti

peti は「乞う」「請う」「頼む」という意味だが、意味的に3つ使い方があるようだ。1) だれかに何か物をくれるように頼むこと 2) だれかが何かをするように頼むこと 3) だれかが来るように要請すること。

依頼・要請された人に対しては目的語か前置詞 de を使う。日本語では「〜に」という助詞を使うので、安直に al iu ion, al iu 〜i, al iu ke〜 のような言い回しになりそうだが、そうではないので注意が必要なようだ。

  1. [...] ŝi petis de mi psalmlibron. 私に聖歌集をねだった
  2. Mi petas vin kredi, ke […] 〜を信じてください
  3. Petu lin al mi. 彼に私のところに来るように言ってくれ

dum, por, en

dum, en, por は時間を示す前置詞だが微妙に使い方が違う。dum は 「〜に必要な時間」という意味を表さない。このときは en を使う。

por は目的のための時間、予定としての時間を表す。

英語から入るエスペラントによると、これはアスペクトに関わることで、「dum は線動詞とともに、por は点動詞とともに使われる」とのことである。[参照

下の文はこのことが分かりやすい例文かなと思う。

idiomo

エスペラントで mano en mano とか kaj tiel plu というような慣用句を何と言うのか分からなかった。学校の英語では確か「イディオム」と言ってたと思ってエス和辞書で idiomo を調べると「固有言語」と出てきた。PIV では “Parola komunikilo de difinita homgrupo” とあり、注意書きとして “Oni ne uzu idiomo en la senco de idiomaĵo aŭ idiotismo.” とある。何だか言語そのもののこと言うらしく、概念が分かりにくい。いずれにせよ慣用句に idiomo を当てはめるのは無理なようで idiomaĵo とか idiotismo と言うようだ。良くも飲み込めてないが「固有言語」というのはどこかの地域や社会で会話で使われている言語というほどの意味で、dialekto(方言)、ĵargono(隠語,通語,仲間言葉,ジャーゴン)、slango(スラング,仲間言葉,俗語)などをまとめて表す単語なのだろうか。そうすると idiomaĵo や idiotismo は別に「句」に限らないわけで、日本語でいうと「袋小路に入った」というような「文」でも「マクド」のような「単語」でもあるわけだ。慣用句は idiotisma fraz(er)o とでも言ったら良いのだろうか。ちなみに「句」のことは sintagmo と言うようだ。

Hodiaŭ estas sabato

Hodiaŭ estas sabato. のような文はどういう構造なのだろうと今でもよく分からない。hodiaŭ は 副詞だし、sabato が叙述語といっても状況を叙述するわけでもない。esti も主語と叙述語を繋ぐわけでもないし、存在を表すわけでもない。

Facebook で
Morgaŭ estas dimanĉo.
Morgaŭ estos dimanĉo.
のどちらが正しいのかという質問が上がっていたが、かなりの人がどちらでも良いと、理由を示さず返事をしていた。

私は、Mougaŭ estos dimanĉo かもしくは Mougaŭa tago estas dimanĉo が正しいが、morgaŭ は morgaŭa tago の意味でも使われるので(PIV)、結局 Mougaŭ estas dimanĉo といっても間違いではない、とリプライしてみた。何人か賛同してくれた。

なので Hieraŭ estis vendredo とも hieraŭa tago(=hieraŭ) estas vendredo とも言えることになるが、しかし Hieraŭ estis pluvo とは言えるが Hieraŭa tago(=hieraŭ) estas pluvo とは言えないと思う。なぜなら Hieraŭa tago という日 = pluvo という自然現象とは言えないと思うからだ。

malsama

mal は反対を表し、ne は否定を表す。だからこれまで「違う」と言うときは nesama を使って来た。しかしどうやら malsama を使う方が普通のようだ。

ajn, ajne, ajno

Lernu のフォーラムで ajn が話題にされていた。

Ĉu ..., ĉu .... の並列表記で「〜であろう〜であろうと」という意味の譲歩節に相当する表現ができる。ajn を加えて、

ajne ne mi diros という表現は少し奇妙だが、それは置いておいても、ともかくこのような言い方はできるだろう。少し意味が変わるが、

という表現もできるだろう。で、ここまではすぐに納得がいくが、

という表現ができるそうだ。どこにも接続詞がないが可能なようだ。そこで、

とも言えるかと質問したら、それはできないそうだ。aŭ は並列されたもの以外から選択する余地がなく、「どちらにも関わらず」という意味合いが出ないというような回答だった。aŭ 〜, aŭ 〜 は単に 〜 aŭ 〜 の強調であり、Ĉu 〜 の疑問文(節)が、Ĉu 〜, ĉu 〜 の譲歩節に意味的に変化するのとは違うようだ。

ĉu, ĉu とか ajne, ajne という並列構造が譲歩の意味をもたらすのかとおもいきや、下のようにも表現できるそうである。(ここまで来ると文脈などから判断はできるものの、分かりにくい文になると思うが...

dolori

dolori は、PIV は他動詞とし、ReVo は他動詞・自動詞としている。La kapo doloras.(頭が痛い) の意味合いは下のようなものだ。

という意味のようだ。完全な他動詞であれば、“La kapo doloras min” と言えるはずだが、実際にはそうは表現せず、上のように al を使う方が多いようだ。このあたりが、他動詞か自動詞か紛らわしいのだろう。(言っても間違いではないとする人もいる)

「頭痛が私を苦しめる」と日本語で他動詞であえて下のように言うのは変なのだろう。

他動詞を使うのは下のような意味を表す場合のようだ。(日本語訳は不自然になるが...)

dolori は「体の一部が痛い」という意味だけでなく、漠然と「苦しい」「苦痛である」という意味もあるので、シンプルに、

というのはありではないかと思う。

preter

preter は「〜の傍を」という意味で、pasi preter la sticio で「駅の傍を通り過ぎる」という意味になる。preter はしばしば接頭辞として、

のように使われる。

vesti

vesti は「〜を着る」という意味だが、着る物を目的語にとることはなく、人を目的語にとる。

senti

senti(感じる)は英語の feel と違って他動詞としてのみ使える。

venki, gajni

venki(〜に勝つ、〜を負かす)は他動詞で、目的語には戦いの相手が来る。

「戦いに勝った」の「戦い」を venki の目的語にはしないので、他動詞を使うなら、

のように言えるようだ。

venki の反対語 malvenki は自動詞として使われるようで、

のように言うようだ。「戦いに負けた」は、malgajni を使って

のように言えるようだ。

ĉi

ĉi は基本的に指示詞(tiu, tia, tiam, tie...)に係り、このとき ĉi と指示詞の間にはスペースを入れる。しかし形容詞、副詞、名詞に係る時はハイホンで繋いで(ハイホンは無くても構わないが付けた方が分かりやすい)1つの単語で表す。

Kio pri X? と Kiel pri X?

会話では短くタイトルのような聞き方をすることがあるようだ。どう違うのか言葉にしにくいが、 “Kio pri X” は “Kio estas via opinio pri X?” のような意味のようだ。意見や考えを「どう思う」と尋ねるとき、日本人は “Kiel vi penasas pri X?” と言いそうだが、エスペラントでは “Kion vi penasas pri X?” というのが普通のようだ。これを短くいうと “Kio pri X” となるのではないか?。“Kiel pri X” は “Kiel estos morgaŭ por vi?” 「明日の都合はどう?」 というような意味合いで意見や思いを聞いているのではないようだ。

busto, statuo, monumento, cenotafo

buso: 胸像、statuo 立像、monumento 記念碑、cenotafo 死者の記念碑、墓碑、慰霊碑(墓とは違う)

不定詞

不定詞のこういう使い方があるとは知らなかった。

不定詞は文法的上の主語をもたないから間違いではないかとFaceBookで質問したら、

といった表現は tute normalaj だとの回答があった。どうやらこれは、

を不定詞を使って短くしたもののようだ。多分、こんな表現が欧米言語を母語とする人達の間では習慣的に(よく使われるスタイルとして)使われているのだろう。しかし不定詞を使う限りエスペラント的には問題があるように思える。エスペラントでは不定詞に意味上の主語はあっても、文法上の主語はとらないからである(英語以外の欧米言語をしらないが英語では不定詞の文法上の主語をとることができる)。下の画像は機械的に文法チェックをしてくれるものだが、間違いの可能性があることを示した。

komplika, korekta, falsa...

komplika は kompliki(複雑にする)という動詞から派生した形容詞だそうだ。つまり komplik 自体他動詞的な性質を持つ語根だそうだ。だから形容詞の komplika は、本来なら「物事を複雑にさせる」という行為に関係した意味を表すはずであるが、手元の辞書を見ても「込み入った」「ややこしい」という意味が乗っている。PIV も “Embarase malsimpla: komplika intrigo, problemo, maŝino”(煩わしく複雑な: 複雑な筋立て、問題、機械など)という意味が載っている。

英語には correct(正しい)という単語があるので、英語話者は「正しい」という意味で korekta を使う人がしばしばおり、フォーラムなどで ĝusta を使うべきだと指摘されているのを見かけることがある。korekta も korekt(正す)という動詞的性質をもった語根から派生したものであるが、korekta は komplika と違って本来の意味で使う習慣が浸透しているようだ。

falsa は fals(偽造する、変造する)という他動詞的語根から来た形容詞だが、falsa は手元の辞書には「偽の」と記載されている。これも奇妙な現象だ。しかし falsa については akademio が語根の fals 自体に行為と性質の別の概念があるという意見を受け入れたらしい(Baza Radikaro Oficiala la Akademio de Esperanto en 1974)

この話題は以下のFacebook でのディスカッションで知った。

https://www.facebook.com/groups/konsultejo/posts/9176854779006129/?__cft__[0]=AZU-ShgecE6oixCT1K7GHYS6rD8vCz4cSBwtbCn1MM799VDF_uF8XPTlbCyj2G21O-aSMpfoU4t1cqK4Myt4eogDmMsi-DPhfCnGrPJcCAkIGLGmJcSoHXHxHqvPRaXPdB3_rxrm6VBgjEyzM0cKYfEsnXeJ-gHto-gT4FM22DF1I8WUNfNbU-0_anRRbq5X5_Y&__tn__=%2CO%2CP-R

PMEG に Aga radiko sed eca signifo(行為を表す動詞的語根なのに性質の意味を持つ)という項目で詳しい解説が載っている。

https://bertilow.com/pmeg/vortfarado/principoj/finajhoj/a.html?fbclid=IwAR00cL0eQRLba8H7izf2p2aKcEsJDGgTJioZfoxu6yORxKpWrkNlcFEIruw#i-hc3

〜前から

「ずっと前から」「30分前から」という表現のときエスペラントでは「前」が消える言い方が普通に使われるようだ。

副詞は目的語を取れるか

副詞には他動詞由来の派生副詞がある。動詞 rilati は「〜に関係する」という意味を “rilati + 目的語” でも “rilati + al 名詞”でも表せる。この動詞から派生した rilate(〜に関して)は rilate tion のようにも rilate al tio のようにも使える。 分詞による副詞(〜ante, 〜ite)も動詞からの派生なので、当然ながら他動詞由来であれば目的語を取ることができる。

stari, kuŝi, sidi, troviĝi, sin trovi

未稿

meriti

meriti は「〜に値する」「〜にふさわしい」「〜されて当然である」と言う意味を表す。esti inda も「読むに値する」「読むべきだ」という意味を表すので、よく似ているし、ときに同じ意味を表す。ただし、meriti は良きにつけ悪しきにつけ「報いに値する」という意味なので、「読むに値する」の場合は meriti ではなく esti inda を使うべきだろう。meriti は esti inda に言い換えられるが、その逆は出来ない場合もあるということになる。 meriti は 他動詞なので、 meritas dankon(gratulon, estimon, atenton) のように使うのが基本だ。“meritas 不定詞”, “meritas je 名詞” の形でも使える。indas も meritas と同じ使い方ができると思われる例があった。

エスペラントのジョークで母親にボーイフレンドを紹介する娘が彼氏の前で、

Panjo, mi prezentas al Leon.(ママにレオを紹介するね)

と言うと。母親は、

Vi indas pli bone.

と言った。一瞬、これは “Vi indas esti pli bone.” を短くしたもので「あなたはもっとちゃんと振る舞いなさい」という小言めいた言葉かとも思ったが indas は 他動詞の不定形によって修飾されたり、価値のあるものを目的語に取るから、こういう使い方ができるのかと釈然としなかった。後に、ある人から、これは「あなたはうちの娘にはもったいない、(もっとよく処遇されるべき)」という意味だと教えられ、なるほどと納得したものである。つまりこの場合は、“Vi indas taksi/aprezi pli bone”(あなたはもっと高く評価されるべき) “Vi indas je iu pli bona amikino (*)”(あなたには他のもっと良い彼女がふさわしい)のような意味であろう。ただやはり (*) の場合は meritas を使う方が良いような気がする。

kokri, venĝi

kokri は「(性的に)密通する」、venĝi は「(仇を)打つ」「(〜の恨みを)晴らす」「復讐する」と言う意味だが、相手を目的語に取るのではない。“kokri sian edzon” で「夫を裏切って密通する」、“venĝi sian patron” で「父の仇を打つ」や “venĝi la ofendon”で「侮辱された恨みを晴らす」のように使う。venĝi は辞書に、他動詞でもあり自動詞でもあるとある。

perpleksa, ŝanceli

perpleksa 当惑した, 途方にくれた, まごついた, >> konfuzita
ŝanceli 揺さぶる、ぐらつかせる;《転》(心を)動揺させる、躊躇させる; 《転》(国家などを)揺るがす、危機に陥らせる

abunda, amplekso, volumeno, kapacito

ekzerci, trejni, praktiki

exzerci も trejni も「訓練する」という意味だが、使い分けがよく分からない。どちらも他動詞だが人を目的語にとる。“Mi trejnas (ekzercas) elparolon de Esperanto(エスペラントの発音を訓練する)” のようには言わず、“Mi trejnas min pri elparolo de Esperanto” のように使う。

exzerci, trejni は「練習する」と訳せる場合もあるが、英語の practice とは違って、「練習する」という意味ではなく、「実践する」「実地に行う」という意味なので、「練習で実際に声を出して発音する」というような使い方はしない。

plen と da, de

da は multe や kelke、sufiĉe などの「多さ」を表す副詞を使って multe da biero とか kelke da pomoj、sufiĉe da amo のように使うことができるが、plene da 〜という言い方はできない。つまり multe や sufiĉe は容器、空間、場所などの容れ物の中身の多さを表すこともあるが、plen は容れ物自体の状態を表すのであって量を表すわけではない。したがって plene da という表現はせず plena de を使う。この場合の de は少し強引かもしれないが plenigita(gata) de の de と同じ意味を表している。

arogi と aroganta

「不当に要求する」「勝手にわが物とする」という意味を表す動詞 arogi がある。一方、「横柄な」「尊大な」「思い上がった」という意味を表す形容詞 aroganta もある。arogi から派生した分詞形容詞の aroganta と本来形容詞の aroganta では意味が重なる部分もあるが違うので注意が必要のようだ。


これはメモです。分かっていないところも、いつかは整理しないといけないと思いつつ、そのままにしてあったりします。何を整理しないといけないのかまで忘れてしまうのでリストにしているだけの場合もあります


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